2014年07月17日

愛知県大会の後で

こんばんは。
豊田です。
僕が書くのはひさしぶりですかね。

先日、新極真会の愛知県大会がありました。
その日も僕は仕事をしていたわけですが、翌日、大会に一般部で選手として出場した後輩が、あいさつというか、報告をしてくれて、僕の店ですこしお話しました。

それで、「一回戦で負けてしまって、すいません」とか言葉をもらったわけですが、「いやいや、大会は出場するだけでも立派だよ」と僕はこたえました。
まず、試合内容がどうこうの前に、他者と真剣に殴りあう、蹴りあうためだけに、自分の人生の時間の一部を割くのは、同じ空手修行者として立派だと思います。

フルコンタクト空手の大会は有象無象すごくたくさん存在していて、極真空手系のものだけでもすべて把握している人がほとんどいないくらい数があって、他の流派のものも極真空手系以上の数があって、全日本の名がつく大会もへたをしたら百以上はあって、正直、どれがどうなんだか全部がわかっている人はこの世にいないんじゃないかと思います。

しかしまぁ、そのどれにも出場選手がいてイベントとして成立しているわけだから、やっぱり、フルコンタクト空手の競技人口はそれなりにいるのですよね。

野球やサッカーと違って、会場の広さも設備も普通の武道場、体育館でOKで、直接の競技者が二人と審判が三人以上いれば、試合ができる競技なので、お手軽といえば、お手軽に試合ができます。同じ格闘技でもちゃんとした試合となれば、相撲は土俵がいるし、柔道は畳、剣道は防具の用意が必要ですから、空手が一番、手間がかからない。

僕は、格闘技は実際に試合をする前に、勝敗はほとんど決まっていると思います。
ただ、試合をするまでは、それがみえないだけで、試合場に立つまでの心身の鍛錬の量、質で、実は勝負はすでについていることがほとんどです。
そして、試合が終わってみると、やはり勝つべきだった人が勝ってます。
理由のない負けはない、流した汗は裏切らない、とか、努力に勝る天才なし、は事実ですよね。

というわけで、権威ある大会で勝つためには、その大会に応じた努力が必要です。
個人競技なので、自分のためのトレーニングの計画を年間レベルで立てて、日々、徹底的に自分を追い込んで、稽古の質、量で僅差でもライバルに達に差をつけます。
結果として試合場で当然の勝利を手にする。
自分の勝利が当然に思えるまで、鍛錬を重ねて裏付けをつくり、イメージを強化する。
新極真会の一般部の全日本、世界レベルで勝つ選手たちが、そうした取組みしているのは、会誌などの記事でみなさんご存じですよね。
地方の一般部でも確実に勝つ選手は上記のような稽古をしていますし、そうしないとある程度の戦績を継続して残すのは難しいです。

そこまでしないと勝てないのは、わかっているのだから、だから、勝ちたければ、そこまですればいいのですよね。

こう書くと、「では、あなたはなぜそうしないのか?」と問われたりするかもしれません。
僕の返事は簡単で、「僕は試合に勝つのを空手修行の第一目的にしてないのです」です。
僕の場合は、10歳以下から30歳前半くらいまでは、空手に限らず、いろんな試合にそれこそ機会さえあれば出場しましたが、大会専門というか試合ジャンキーみたいな感じでもなく、試合に深入りしすぎるのではなく、試合で得たものを実生活に生かして成功というか、自分と周囲の人がHAPPYになるように努力するのが大事だよな、と思うようになりました。

僕が一番、格闘競技で人に勝ちたかった、それこそ反則してでも、姑息な手をつかっても、自分や相手がオオケガしても、勝てば、優勝すればカッコイイぐらいに考えてたのは、多くの人と同じく10代後半から20代前半までで、そこからあとは、試合もスパーも、お互いにケガしないようにとか、その後の仕事のことを考えてわざと寝ちゃうとか、止まっちゃうとか、相手が熱いと面倒になって適当に逃げてしまったりすることもある、ダメな選手でした。
いま、この瞬間も、まじめに働いてる仲間や、苦しい生活をしてる人もいるのに俺は、ケガするかも、人にさせるかもしれないのに、いい大人が、殴る蹴るに夢中になってていいのか? なんて、組手中に考えたりしてました。
そういう、競技選手としては、よくない組手態度も、すべてが人生の経験になって、やっぱり、いつも真剣にやらないと仕事もうまくいかないとか、状況をみて途中で逃げると信用を失うとか、試合場や道場以外の場所で意味を持つ、実生活上のいい教訓になりました。
練習もろくにしてなくて、勝つ気がなくても試合にでると勉強になります。
組手の技術うんぬんよりも、人生の勉強になります。
やっぱり、殴られる蹴られるには、教育としての側面もあると思います。
特に空手の試合はとりあえず、どちらもやってもいい、という条件なので、ただ自分だけ殴られるわけではないところがよいです。
たとえ、殴り返せなくても、一方的に暴行を受けた気持ちにならず、反対に自分の心身の力のなさを強く感じられますから。

さて、まとめです。

どうしても、一般部の選手権大会など権威ある試合に勝ちたい人は、試合を人生の中心において、他の欲をできる限り捨てて、ひたすら鍛錬に徹して生きるしかないと思います。
先へゆくほどアスリートに近づきます。
毎日の鍛錬のみで得られる、本物の組手の実力が必要な、試合結果がすべての厳しい世界です。
ほとんど組手のプロ選手のような感じになりますから、スポンサーがいないと生活が大変かもしれません。
それをこわがっていてはしかたないのはわかりますが、怪我や後遺症に気をつけてください。

大きな試合で勝つのが、人生の大目的ではない人も、空手の修行者である以上、勝っても負けても、せめて就職するまでは試合経験を積んで、試合で得たものを仕事や勉学に生かして、実生活で結果をだしましょう。

僕は後者です。大部分の人はそうだと思います。
僕は、稽古、試合場で得たもので、幸運にも、自分の店、スタッフ、したかった仕事、評価を手にすることができました。道場、試合場外の人生の試合はいまも続いています。
僕が道場で伝えているのは、そんな空手です。
これからもがんばります。

長くなりました。
今夜は以上です。
押忍。









posted by 湖西豊田道場日記愛好会 at 01:38| 静岡 ☀| Comment(0) | 大会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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