2019年04月07日

私という人間について。#3

こんにちわ。
湖西豊田道場スタッフ、優です。

豊田先生:『あの、あの、優さん。すみません』
私:『何でしょうか?今、やっとラストなんですよ』
豊田先生:『いや、もうこれはあなたダレデスカ?ってレベルじゃないですかと』
私:『豊田先生だって良く人から『これさ、誰?』って言われてますよね?』
豊田先生:『だから僕の扱いはいつもこんななのか・・・』

長くなりましたが、最後の一節となります。
以下、私という人間について。#3です。







相手を知りたかったらやることは1つ。

『よく、見ること』




この言葉は『ワンダー 君は太陽』から、映画の最後に出てくる言葉からです。


児童書にもなっていて、本屋さんでも児童書の書籍コーナーに置いてあったりもします。
この作品を観る前に、私は『トリーチャーコリンズ症候群』という症状について知ったのは、この方の記事を読んでからでした。

https://abematimes.com/posts/4483225←筑波大学大学院に通う石田祐貴さん(25)です。
(ヤフー記事から石田さんを知るきっかけとなったのですが、以前の記事がなかったため、こちらを掲載致しました)

『偏見は無知から』という言葉があります。

私は、この言葉をどれだけの人が刻み込んでいるのか、と思います。

だからこそ、はじめの言葉に戻りますが、

『よく、見ること』

外見で悩んでいる人もいれば、逆に、内面のことで悩んでいる人もいます。

身体に障害がある人ばかりが、障害者ではないのです。

『心の中を覗けたらみんな普通じゃない』

この言葉も、ラストシーンで主人公、オギーが語る言葉です。
ずっと自分の『外見』にコンプレックスを持っていたオギーでした。でも、人は外見と中身はなんの関係もなく、外見のみで判断されるものではない。
そして、内面は外面以上に皆それぞれ異なっていると。

『わざとやってるんでしょ?

はっ?なんでそんなこともできないの?』

外見のみだけでは、内面的なことは普通の人としか分からないことが多いこの世界。

生きづらい人は、たくさんいます。気付いていないだけ。見ようとしないだけ。知ろうとしないだけ。

よく、見ることが大切だと、私はまた改めて思いました。

逃げているのは、本人なのでは、ありません。

私は、

『ファミリーがいないんじゃないよ。
ファミリーを自分で作っちゃえばいいんだよ』

とある女性に言われました。

一回り以上も違う女性に。
この女性に出逢えたこと。
それは、運とタイミングで、とてもラッキーなこと。
笑顔がとても素敵な女性です。

だから私は、自分の目で、よく見ることをしようと思っています。

きっと、それは変わりません。
揺るぎません。
過去の私を、しっかりと受け止めています。
過去は過去でしょ?なんて捨ててしまわないで下さい。
あの時はそうするしかなかったとか、思わないで下さい。
罰を受けたのなら、受けたのだと、背負う覚悟を持って下さい。
その一手を捨てるのも、拾うのも、自分次第です。




私は、小さいお店で働いています。
ボスは、豊田先生です。←豊田先生:『悪かったな、小さいボスで』

私という人間は弱いです。
人から不思議な人だと思われることも多いです。
『何考えてるの?』と思われることも多いです。
『それ、絶対に無理じゃん』ということを無理にやることも多いです。
そして、一人になることもまた、しかりです。


でも、

それが『私』です。


私を知りたかったら、よく、見て下さい。
見て、私を知って下さい。
あなたとは合わないなと思ったのであれば、それはそれ、ということなので。
あれ、意外と冷たい?ドライ?
そうですよ。私は、冷たい人間でもありますよ。
豊田先生も人から冷たい人だとか、人間じゃないとか、言われてますからね。←豊田先生:『またここで僕が出てくるのか』




『現実を受け止めろ。

見ろ。

大切なのはどんな選択をするかじゃない。

自分が選択した人生を、どう強く生きるか、

ただ、

それだけだ』







私の大好きな歌に乗せて。


高橋優 より、「現実という名の怪物と戦う者たち」


最後まで、書きたいように書いてしまった私ではありますが、どう思われようと、

私という人間は、『よく、見ること』です。





失礼します。

押忍。




posted by 湖西豊田道場日記愛好会 at 14:11| 静岡 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私という人間について。#2

こんにちわ。
湖西豊田道場スタッフ、優です。

私という人間について書いている私なのですが。

豊田先生からは

豊田先生:『優さん、なんかスゴイボリュームなんですけど。これだからうちの道場は・・・って思われてないかな』
私:『豊田先生から『優さんは僕の弟子みたいなもんだよね』って言われましたから、気にすることじゃないです』
豊田先生:『僕のイメージがどんどん謎キャラになっていないでしょうか』

以下、私という人間について。#2です。




いわゆる、『高校生デビュー』に見事に失敗したのが、私です。
私という存在を知っている人は、高校生になってもいた。
さすがに高校生にもなれば自分のことしか(私のことなんか)考えていないと思った私が甘かったのか、そうでないのか・・・。

『話ができない、イコール、暗いヤツ』というイメージは、いつまでもいつまでもついて回ってきているのでした。

反対に、

『そっか、私のこと、見ていないようで見ているんだな』と思うように考えが改まったのは、この時からでした。

相変わらず、クラスでさっそく馴染めない私。
女子が少ないクラスだったので、さらに輪をかけて浮きまくる私。



完全に一人



女子からも、男子からも。

男子グループから浮くならまだしも、女子グループからの浮きっぷりは半端なかったです。
『女子までも私のこと、暗いヤツ、話さないヤツだって思われるんだな』
ここにきて、私が女子に対する気持ちが変わり、男子と同じように『最低、最悪』となりました。

今まで何とも思ってもいなかったはずなのに。

陰でクスクス笑われる。

何かしたわけではないのに。

一人で過ごしているだけで、空気みたいに思われる。

いるのか、

いないのか、

ここに、私の居場所なんかないんじゃないのか。




机に伏せて、寝ているふりをしながら、泣きました。




自分が悔しいのと、

情けないのと、

先生にも相談できないことも。

そして、

自分自身に。

一日も休まずに学校に行っていた私でありましたが、休みました。
『学校で好きなこと、勉強したいことがない』
そんなのは後付けで、

本心は

『学校に行きたくない。だから、行かない』

でした。

学校に行ったとしても、近くの公園で隠れるように過ごしている時もありました。
制服を着ているわけですから、すぐにどこの高校へ通っているのかも分かってしまうのに。

そんな時、下校時に遠る道から中学生の頃からの友達を見掛け、声を掛けました。
久々に話ができたことが何だか嬉しくて、それからは会うたびに話をしに出掛けたりもしました。
その子は学校に行っているとばかりに思っていた私ですが、

『なんかね、途中から私、グループから外されたみたい。修学旅行とかも、一人だったんだよね』

そう話してくれた友達は、家から出れなくなってしまって、ストレスで肌が荒れてしまい、化粧水や薬を何度も変えては使って、止めては使っての繰り返しになってしまったと話してくれました。

部屋の中を見たらカーテンを締め切り、陽が入らない部屋で過ごしている。
部屋の中に小さな冷蔵庫を付けて、食べたり飲んだりしている様子でした。

私なんかよりも、精神的に蝕まれてしまっている。

完全に抜け殻状態でした。

『私に言えることできたじゃんか!!だったら言いなよ!!』と、

この時初めて、相手に向かって言い合えることが出来たんじゃないかと思いました。




人は、

いつ、

どこで、

どんな形で症状が出るのかなんて、分からない。





豊田先生が良く言われる言葉の一つなのですが、

『心の病気っていうのは、治らないんだよ。
僕達がいくら一生懸命付き添ったとしても、治らないんだよ。
治ったと思っても、治らないんだよ。
治るだなんて思っちゃ、いけないものなんだよ。
確証が持てないんだよ。
どんなきっかけで症状が出てくるかなんて、一生分からない。
治りましたよって言うことが出来ないから、保証もできない。

だから、

薬物治療、薬物療法が無くならない。
いろいろな薬を作ってはいるけれど、あくまで抑え込むだけで、また、出る時には出てしまうもの。
心が弱い奴がなるとか、そんなことない。
何がきっかけかなんて、可能性なんていくらでもある。

けどね、そうなったのは、あなたの責任なんかじゃないから。

今すぐに出てきて発病するとか言われてしまったのであれば、なおさらだ。

『あなたの責任なんかじゃないから』

事実をまずは受け止めること。

けど、勘違いしないで欲しいのは

『おかしくなったのはあなたのせいだ』と人から言われる前に、『自分のことを悪いと思っている人間はいない』ということ。

人のせいにする前に、そう言われてしまった相手から好かれること、それが不可能ならば避けること、離れること。

それだって方法の一つだ。

間違ってなんかいない。

おかしくなったのはあなたのせいだといつまでもいつまでも思っているような人は、治らない。

本質を見つめろ。

核心を見つめろ。

誰にでもなる可能性がある。それが現実なんだよ。』






高校に行きたくないなら行かなくても良い。

だったら、行きたいと思う高校に行けば良い。

他の高校に行きたい。

好きなように勉強して、本当に好きな人と友達になりたい。話したい。

単位制の高校へ編入し、私は浜松から静岡まで、アルバイトをしながら定期代を稼ぎ、自分の足で学校へ通う道を選びました。

学年が一つ違ってもそんなの全然関係なくて、ある意味、大学と同じようなカリキュラムで好きな科目を選択して、勉強をしました。
知らない土地での学校生活では、私のことを知っている人なんかいません。

知らない人、

いつでも、

どこでも、

初めまして。

人見知りばかりしていた私も、雰囲気を変えれば話しかけてくれるということに気付かされました。

知らない人ばっかりの方が気が楽、というよりも、知らない人だからこそ、いつも心機一転でいられる。

そんな風に思いました。

高校の時に出逢えた友達は、私の一部です。

高校を卒業してからは通信制の大学へ通い、ほぼ独学ではありますが、児童教育科を専攻し、主に『児童心理学』、『臨床心理学』を勉強しました。
通信制ということで何年も在籍している形ではありましたが、実際に卒業出来ていないという現状でもあるので、中退した、卒業出来ていないと捉えてもらっても、恥ずかしくはありません。

なぜ児童心理学、臨床心理学なのかと言われると、やはり、中学生、そして高校生での出来事が大きかったと、私は言いたいです。
適当にかじっている程度だと言われてしまったとしても、現在でもいろいろな本を読んだり、TVを見たり、映画を観たり。
そして今の時代だからこそネットを通して、時には私と同じような当事者としての意見を聞きに行ったり、公演にも行ったり、演奏会を観に行ったり。
そうして、自分の知らない世界を拡げていくことが常だと私は思っています。



『ようするに、先生は何が言いたいの?』



posted by 湖西豊田道場日記愛好会 at 14:03| 静岡 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私という人間について。#1

こんにちわ。
湖西豊田道場スタッフ、優です。

4月も一週間を過ぎようとしております。
春爛漫な日々を皆様はお過ごしされておりますでしょうか?

先日では、体験入門者のお友達(小学3年生の男の子です)が我が道場に来られ、一緒に稽古を致しました。
『大きな声で、最後はみんなで100本、正拳突きだ〜!!!!!』と声を出しておりました。
そして、正式に入門を致しました。ありがとうございます!!
私も豊田先生も精一杯、稽古に励んで参りたいと思います。

さて、タイトルにあるように



『私という人間について』




道場ブログをお読みいただいてる方は『豊田はこういう生き物だ』ということはよくご存知の方も多いかと思いますが。
(僕はどうせ、そういう生き物ですよと横で言っております)

わたくし、『優(ゆう)』という人間について深く書いたことがないと思ったので、以下、長文になりますが最後までお付き合い下さると幸いです。
道場ブログとはまったくもってかけ離れた話ではありますが、とても有難いことにいろいろな方が読まれております。

読者様へ

目に入って、気に留めてくれた方へ

私の文章を読んで、少しでも、ほんの少しでもいいから人生のスパイスになってくれますように・・・。
願っています。

私を知ってる人も、

知らない人も、

私は、

私という人間は、こんな人間です。

これが『私』です。

※豊田先生とはまた違ったタイプ、それが私という人間だと思って下さい。←重たい内容でもチョイチョイとツッコみを入れて書くことで軽くするのが私のスタイルなのですが、今回は、読んでいて面白くない内容だと思われた方はすみません。
思っている以上に長くなってしまったので、3つに区切って掲載していこうと思います。


二十歳頃の私が聞いていた曲から、Kより『Only Human』です。

私は、私というただ一人の人間でしかありません。
音楽が好きで、聞くことが好きで、一人の時は好きな曲を延々と聞くことが私にとっての一番の一人の時間、マイタイムです。
今でも聞き続けている大好きな曲です。

そして、



『書くこと』




私は三人姉弟の一番上で、下に弟が二人います。
私は幼稚園の頃、姉弟に弟がいたこともあってか、友達も男の子が多かったです。
『お姉ちゃんだから』ということもありますが、自然と我慢することも多かったかとも思います。
人見知りをするタイプだった私は、仲良くなるまでには時間がかかる方で、お話を自分から進んでする、ということは出来ませんでした。
それでも『私はお姉ちゃんだから』という根拠があるのかないのか、自分のペースで進めていくことが第一の私は、ペースを乱されるとむくれる性格でもありました。
友達と遊ぶことも、話すことも本当は好きで、『あっ、あなたは仲良くなるとすごくお話してくれるよね』とよく言われてたりもしました。

小学生の低学年になると、幼稚園の頃からの友達とクラスが別々になってしまったりなどもあり、決して友達が多い方ではありませんでしたが、『弟のお姉ちゃん』ということもあってか、弟の友達と遊ぶことが多かったです。
高学年になると、男女でよくある、あるある話というか、自然と男女のグループが出来ますよね。
(昔も今も、そこは変わらないのではないのでしょうか?)
当時は『話ができない、イコール、暗いヤツ』というイメージがついてしまった私は、女子グループでも『親しい友達としかお話が出来ないだけだよ』と言っても、男子グループの中でも、『コイツ、しゃべらないから暗いから、イヤだ』と浮いている存在としてクラスにも馴染めない時もありました。
仲が良い人としか話が出来なかった私でも、リーダーになったり、班長になったりと、弟がいる私にとってはやっぱりそれでも仕切りたい時は仕切りたい性格なので、指示を出したりもしました。
自分の中で、『友達だと思った子と話さえできればそれだけで楽しい、それだけいいんだ』と満足していた私です。

ですが、

中学生にもなると、そうともいかず。

『話ができない、イコール、暗いヤツ』

という私のイメージはいつまでもついて回ってくるもので、男子グループの中ではとにかくクラスから浮いていましたし、中には『何かの間違いですよね?なんで僕が隣なんでしょうかね?ね?』と机を思い切り隅の方へ追いやって離れられたことは、今でも忘れません。

『は?そんことまだ覚えてんの?』

と言われてしまうかもしれませんが、私は、忘れません。
消えることは、ありません。
耳にも残っているし、顔も覚えているし、こびりついて、離れないのです。

14才という私にとっての男子のイメージは『最低、最悪』そのものでした。
こんな風に書くと、

辛気臭くて根に持つヤツで、根暗で何考えてるかわからない女

そう思われても仕方ないと思ってもいたし、言い返すことも出来ないというか、したくもないと思っていました。

中にはそれを面白がっている男子もいるし、コイツは暗いからというだけで話もしないし、相手にもしない。
『ただ話さないだけで、暗いヤツって、なんで言われなきゃいけないの?』と何度も何度も思いました。
マンガとアニメ、ゲームが好きだった私。今でいうなら、オタクだった私。
でも、女子グループは流行りのアイドルグループやドラマが好きで、『話についていけない、イコール、種類が違う、だからこの子とは合わない』と思われ、さらに女子グループの中でも浮いていました。

『そんな些細なことで』

中学生の頃は学校がすべてみたいなもので、イケてる、イケてないというのもとてもある意味分かりやすくて、私のランクなんか、きっと下の下であったでしょうよ。と。

『あなたってさ、ホントにその子、仲が良い子としか話さないよね』

とても良い思い出がある中学生時代ではなかった、というのが正直な気持ちです。
そんな仲が良い友達も、高校生にもなると『不登校』という形で

卒業が出来たのか、

卒業出来なかったのか、

連絡が途絶えてしまった子もいました。

『あれ、じゃぁ先生の高校生時代ももしかして不登校生だったの?』

そうです。




私は不登校生でした




posted by 湖西豊田道場日記愛好会 at 14:01| 静岡 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする